2024年1月31日 11:59

物語の力

レーニンの思想とされるものに死後、「マルクス・レーニン主義」の名を与えたのはスターリンだった。彼らについて抱く我々の印象は、一九五六年のいわゆる「スターリン批判」や「ハンガリー暴動」の影響をまぬがれ得ないだろう。だが事態はそれにとどまらない。五六年以降、レーニンやスターリンら個々人の思想のみならず、マルクス主義そのものの根底にある、革命の歴史的必然という「物語」が否定されてゆく。それはまた、「大衆」をあるべき方向へと指導する、真の「前衛」の不可能をも意味した。
 マルクスは生前、プルードンやバクーニンといった革命家との論争を繰り広げた末、ヘゲモニーを握る。バクーニンによるマルクスの「プロレタリア独裁」批判の要諦は、知的エリートが政治権力と棲み分けをした上で、「見えざる参謀」としてそれを管理する発想だった。千坂恭二『思想としてのファシズム』の表現を借りるならば、「マルクスのプロ独に抵抗したやつは反革命になる」が、「バクーニンの独裁に抵抗したやつは、反革命にならない」(「ロングインタビュー 二一世紀の革命戦争——ファシズム・ホロコースト」)。しかしこうしたバクーニンの訴えも虚しく、マルクス・レーニン主義は上記の問題意識の忘却、あるいは糊塗の上に構築されてゆく。
 このプロレタリア独裁の概念を、レーニンは前衛党によるそれと解釈した。彼が『共産主義における「左翼」小児病』という言葉で一蹴した、「党の独裁か、それとも階級の独裁か? 指導者の独裁(党)か、それとも大衆の独裁(党)か?」という問題のなかにこそ、長らく抑圧されてきたアナーキズム的なものが含まれていたのだ。それは「スターリン批判」ののち展開される、「六八年革命」とその思想という形をもって、歴史の表舞台へ回帰することとなる。
 革命の歴史的必然という「物語」を支えたヘーゲルの歴史哲学は、人々の欲望の体系たる市民社会を導く「絶対精神」の神学といえる。絓秀実が廣松渉を引いて説明しているが、ヘーゲルの『疎外は「化肉」という意味で、(中略)政治学上の「代表」、「代行」といった概念の近傍に位置し、重なり合う神学的な概念』であった(『廣松渉による「疎外革命論批判」の深度と射程』『革命的な、あまりに革命的な』)。よって『レーニン主義的前衛党は、プロレタリアートが獲得すべき階級意識をあらかじめ「化肉」している定在として措定されてい』た。
 そうした論理に支えられていた、革命の歴史的必然という「物語」の失効は、絓によると「転向」やファシズムといった一九三〇年代的な問題を再浮上させた。橋川文三『日本浪漫派批判序説』はそうした歴史的文脈の影響下にある。第二次世界大戦をアメリカニズム、スターリニズム、そしてファシズムによる三つ巴の思想戦だったと解釈すれば、「反帝反スタ」の歴史的根拠がファシズムにしかないことは論を俟たない。
 日本浪漫派の代表的人物たる保田與重郎が転向者であったかどうかはここでは論じない。転向について賛否両論があれど、そうした文脈を通して再注目されたという事実が重要なのだ。
 僕は保田の諦念を評価しない。彼の文章に宿る「デスパレート」な気分が、幾多の青年を死へと追いやった歴史から目を背けない。問題は、なぜあの時代において、あの状況下において、彼の混乱した文体が求められたのかということだ。
 明治以降の近代化の歴史では、西洋を内面化するため、健全に対する本音としての日本は絶えず抑圧にさらされた。それがもたらす不安をさらなる「洋才」で埋め合わせるという繰り返しの結果が、「故郷喪失」であり、大東亜の開戦という発狂ではなかったか。「故郷喪失」を自覚できているうちはまだまだ健康である。まがりなりにも新左翼は、日本浪漫派に接近することで、「故郷喪失」の問題に接触していた。
 近代における「故郷喪失」の現実を直視せず、ほのかにポリコレ色を漂わせ、「人間の弱さ」をまくし立てる近年の日本の小説は晩年に差し掛かっている。私見では、『海辺のカフカ』以降、より積極的に日本の古典を換骨奪胎し、他者救済の相の下に暴力を肯定する村上春樹は、その例外に位置すると言えなくもない。このまま日本の小説という歴史は、彼の仕事を最後に「火に包まれたヴァルハラ宮殿のように凡庸の海の中に没し去っていくだろう」(『羊をめぐる冒険』)。
 「物語」が見失われると「故郷」はいよいよ危うくなり、人間の心は破滅を前にして武装解除へ追い込まれる。また、それを回避できたとしても、政治とどのような距離感を保つかという問題に直面する。
 ニーチェ『悲劇の誕生』を持ち出すまでもなく、政治と文学は深層において繋がっている。にも関わらず、その繋がっているはずの両者は、「同一性の問題」という戦場において絶えず衝突を繰り返す。
 作家とは所詮、己のうちに流れ込んでくる「何か」を受け止める器に過ぎない。 さらに言えばこの器という形式が明確になるのも、「何か」が作品へと昇華され、ある種の他者として作家の前に現れる時だ。こうしたプロセスを経て同一性は事後的に構築され、現実としての政治が始まると僕は考える。「六八年革命」はファシズムがそうであったように、政治的現実に対する文学の抵抗だったといえる。僕が不満を覚えるのは、それを実行へ移す方法論である。
 赤瀬川原平の「模型千円札」を絓秀実は、「芸術の政治化」(ベンヤミン)つまり政治的な観点から評価した。なるほど「複製技術時代」の到来はホンモノに限りなく近い模造品を次々に生みだし、その同一性を解体してゆく。あらゆる労働力に取り憑き、商品たちを一般等価物として強引に接吻させる、貨幣の「ジャンク(糞尿)」性が見えてくる。ただしそこに現れるのは、限りなく糞尿に近い商品の集積であり、資本主義の外部そのものではない。
 同じく絓が『1968年』において論じる「偽史的想像力」も、「歴史」というフェティッシュな対象を偽史によって撹乱させる、資本主義のパロディだと言える。その産物としての、いわゆる新新宗教やコンスピリチュアリティといった新手の「阿片」(マルクス)が現在、我々の手のうちに残されている。昨今における集団自殺がこれらの問題の延長線上にあるとすれば、それは誰かと共有しうる「物語」が解体し尽くされた現状に対する発狂であろう。
 山を枯らし海をも干すスサノヲ的慟哭を、僕は現代人のこころのうちに見る。近代を貫く「故郷喪失」の心理は、今やマルクス・レーニン主義の失効によって鮮やかな傷口として剥き出しになっている。重要なのはその神話的とも言える暴力性を誤魔化さず、しかし否定もせずに抱き続けることだ。
 花も紅葉もない広告まみれの砂漠に、どのような「物語」を輸血するのか。この危険極まりない問いから出発しない限り、我々にはいかなる共同性も癒やしも不可能であろう。

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